バイオリンが喜んだ日(2)

前回は,こちら

 

長い間,バイオリンに触れることはなかったが,

捨てることはできずにいた。

自分の都合でバイオリンから離れたのに,何の責任もないバイオリンを処分してしまうのは,バイオリンに対して申し訳ない気がしたからである。

そのようなわけで,家の私の机の横で,バイオリンは,長い間,静かに横たわっていた。

 

バイオリンを再び始めたきっかけは,私が前の事務所から独立して,新しい事務所を開いたときに,事務所に遊びに来てくださったS弁護士が,「今度はバイオリンを始めなきゃな」という一言である。

以前,S弁護士に,従業員がバイオリンやフルートを生演奏してくれるお店に連れて行ってもらったとき,戯れに「ユーモレスク」を演奏してみたのを,覚えていたらしい。

 

そのとき,ふと,

「これは,神のお告げかな」

と感じた。

「神」という言葉は大袈裟だが,要は,S弁護士の言葉が,天からのメッセージのように感じられ,「今がタイミングなんだな。バイオリンと仲直りするときがきたんだ。」と,ストンと納得したのである。

それで,事務所開業後のバタバタが落ち着いた秋,楽器屋さんで行っているバイオリン教室に通うことになった。

 

約20年ぶりにバイオリンの練習を始めたときの気持ちは,今でも良く覚えている。

もちろん,技術的には,以前とは比べものにならない。それこそ最初のうちは,「きらきらぼし」だって怪しかった。

だが,下手であっても,音程が外れていても,バイオリンの音を鳴らすのは,純粋に楽しかった。

なんで,今まで,バイオリンをこんなに毛嫌いしていたんだろう。バイオリンに対して申し訳ないことをしたな。バイオリンは,自分が再び音色を奏でるのを,ずっと待っていたんだな・・・。

 

そばで聴いていた妻は,「バイオリンが喜んでいるね」と言った。

バイオリンと,少しだけ和解できたような気がした。

 

バイオリンは,現在も,少しずつ弾いている。

社会人になると,さすがに毎日練習というわけにはいかないが,こうなったのも何かの縁,細く長く,続けていこうと思っている。

 

(終わり)