前回は,こちら
長い間,バイオリンに触れることはなかったが,
捨てることはできずにいた。
自分の都合でバイオリンから離れたのに,何の責任もないバイオリンを処分してしまうのは,バイオリンに対して申し訳ない気がしたからである。
そのようなわけで,家の私の机の横で,バイオリンは,長い間,静かに横たわっていた。
バイオリンを再び始めたきっかけは,私が前の事務所から独立して,新しい事務所を開いたときに,事務所に遊びに来てくださったS弁護士が,「今度はバイオリンを始めなきゃな」という一言である。
以前,S弁護士に,従業員がバイオリンやフルートを生演奏してくれるお店に連れて行ってもらったとき,戯れに「ユーモレスク」を演奏してみたのを,覚えていたらしい。
そのとき,ふと,
「これは,神のお告げかな」
と感じた。
「神」という言葉は大袈裟だが,要は,S弁護士の言葉が,天からのメッセージのように感じられ,「今がタイミングなんだな。バイオリンと仲直りするときがきたんだ。」と,ストンと納得したのである。
それで,事務所開業後のバタバタが落ち着いた秋,楽器屋さんで行っているバイオリン教室に通うことになった。
約20年ぶりにバイオリンの練習を始めたときの気持ちは,今でも良く覚えている。
もちろん,技術的には,以前とは比べものにならない。それこそ最初のうちは,「きらきらぼし」だって怪しかった。
だが,下手であっても,音程が外れていても,バイオリンの音を鳴らすのは,純粋に楽しかった。
なんで,今まで,バイオリンをこんなに毛嫌いしていたんだろう。バイオリンに対して申し訳ないことをしたな。バイオリンは,自分が再び音色を奏でるのを,ずっと待っていたんだな・・・。
そばで聴いていた妻は,「バイオリンが喜んでいるね」と言った。
バイオリンと,少しだけ和解できたような気がした。
バイオリンは,現在も,少しずつ弾いている。
社会人になると,さすがに毎日練習というわけにはいかないが,こうなったのも何かの縁,細く長く,続けていこうと思っている。
(終わり)